国指定天然記念物 男女群島

国指定天然記念物/男女群島にせまります。自然やその歴史的背景、サンゴ漁について、全国有数の好漁場としてなど様々な角度からご紹介します。

国指定天然記念物 男女群島

【写真:男女群島】

概要と歴史

国指定天然記念物 男女群島

五島列島・福江島からさらに南南西約60kmに浮かぶ男女群島(男島、クロキ島、中之島、花栗島、女島で構成される無人島。総面積4.75km2、最高峰は女島の海抜283m)は、島全体が原生林に覆われた自然の宝庫です。ザウテルヘビの日本唯一の生息地であり、鳥類には、カツオドリ、アカコッコ、アカヒゲなど南方系の鳥類が生息し、オオミズナギドリが高密度に営巣しているなど、自然を維持する数少ない地域の一つとして学術上大変貴重なことから国指定の天然記念物とされています。鳥獣の捕獲や植物の採集はもとより、島への上陸も許可なしにはできない秘境であり、また、近海は対馬暖流のぶつかる絶海の孤島であるため全国有数の好漁場となっています。

遠く8世紀後半から9世紀にかけて南路をとった遣唐使の船は、男女群島を航海の目あてに、また、中世になると源定茂が黄島、赤島を所領として海外貿易の中継地にしたと言われています。更に倭寇がさかんに活動していた頃は、密貿易品や略奪品の隠し場所であったことが男島や女島から出土した遺物からもうかがえるなど、歴史的にも様々な顔を持つ群島です。映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となった女島南端の断崖上に立つ灯台は、1927年に2ヵ年の歳月を要して完成、以後2006年12月無人化となるまで、日本最後の有人灯台として東シナ海を長崎方面へと航行する船になくてはならない重要な目印でした。

漁業/釣り

国指定天然記念物 男女群島 珊瑚

漁場としても、古くから海の幸を求め地元漁師はもちろん、四国や九州各地から多くの漁船が集まり、承応年間には、藩の職制に「女島奉行」が設置されるほどでした。主にカツオ漁を中心としていましたが、昭和30年代にはブリ漁も盛んになり、毎年3万匹前後のブリが漁獲されました。

特に有名なのが明治19年に始まったと言われている珊瑚漁で、珊瑚船は後を絶たず明治22年には其の数は300隻を超えました。この男女群島近海でのサンゴ漁は、最盛期には土佐をしのぐ勢いであったといわれます。しかし、この宝の海は反面魔の海でもあり、珊瑚隆盛の一方遭難の歴史で、その悲劇は昭和の始めまで続きました。多くの犠牲者を出しながらも、年を追うに従って操業は盛んになり、その当時の珊瑚の水揚高は農産物全体の二倍に達しました。明治35年頃からは全国の仲買人が来島し、また、明治のおわり頃には、外国人も参加するようになりました。珊瑚の国際市場となって内外人の往来が頻繁となり、イタリア人のバイヤーは住居を構えて国旗を掲げていたといいます。

国指定天然記念物 男女群島

釣りブームの昨今、黒潮が1年中流れる男女群島沖は真冬でも海水温度が17度を下回ることがなく、日本でも屈指の磯釣りポイント、クエの宝庫として知られています。大型のチヌや石鯛、クロメジナ、クエなどを求め釣り師たちがメッカと訪れます。その雄大な自然と魚影の濃さ、スケールの大きさなどは他に類がなく、釣り師憧れの磯と言われています。

また、男女群島から北西方に35kmの海上に浮かぶ3つの岩礁からなる島、肥前鳥島も2桁以上の釣果に恵まれる可能性の有る日本で唯一の釣り場といわれ、なお、統計128度6分のこの肥前鳥島が我が国の最西端となっています。

参考資料

  • 「富江町郷土誌」 富江町郷土誌編纂委員会/平成16年2月29日発行
  • 「長崎県文化財調査報告書 第6集 男女群島特別調査報告 昭和42年度」長崎県教育委員会
  • 「男女群島の生物(男女群島学術調査報告書) 1973(昭和48年)長崎県生物学会

掲載日:2007年3月17日

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